姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(3943日目)

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姉ヶ崎寧々ジグソーパズル制作記(3943日目) 

今日のデート


今日は3月14日、つまりパイの日。パイといってもおっぱいじゃなくて円周率3.14の「π」の日なので変な誤解は慎むように……ってそんな事はどうでもいい。改めて、今日はホワイトデーだった次第だ。

バレンタインのお返しをする、とても大切な日。僕にとって大切というより、彼女にとってと言った方が正確かなあ。かねてよりホワイトデーのお返しは期待してるって言われてたし、だからこそ僕は気合を入れて今日という日を待った。

で、今日は日曜日でもあったからお返しと同時にデートにも出掛けたんだ。ある意味スペシャルデー・ホワイトエディションってとこかナー。デートの行き先は遊園地ってのもある意味アリかもしれないけど、それはガチのスペシャルデーに取っておきたいからやめおいた。


代わりの行き先は……カラオケ。またか、という声が聞こえてきそうだけど、これには海より深くはないけどそれなりの理由があってだね……何でも桜の開花が始まったらしいじゃない。だったら桜ソングも解禁するしかねえ!……って事で、さっそく足を運んだわけ。

歌ったよ、森山直太朗、コブクロ、河口恭吾の「桜(さくら)」三連発。どの桜も最高だけど、歌って一番気持ちいいのはコブクロのやつかなあ。後半のサビの「追いかけるだけの悲しみは 強く清らかな悲しみは」って部分が特に好き。前半のサビより力強いんだよね。分かってくれる人はいると信じている。


桜とは関係なく他にも歌いたかった曲はあってぇ……その一つが『はじめてのチュウ』。お酒のCMで最近また耳にする機会が増えたからだけど、詞がよすぎるよね!?オリジナルはふざけた歌声だから気付きにくいけど、平井堅の『君の好きなとこ』に匹敵するぐらい、ザ・ラブソングって感じ。数多のミュージシャンがカバーするのも納得っていうか。

同時に「何でコレがキテレツのエンディングテーマだったんだ」と改めて疑問を禁じ得ない。キテレツは他にも「らしくない曲」が多いけど、これは特に作品と関係なさすぎる。ただ、キテレツの曲でなかったらここまでの知名度は獲得できなかっただろうから、選曲したプロデューサーだかディレクターはグッジョブである。


他にはデートには明らかに不向きだけど『スーダラ節』も歌った。あえて言うまでもないけど出前館の原曲である。これも昔から好きな曲の一つだったけど、改めて詞を読み込むと深くていい。「わかっちゃいるけどやめられない」って、人生の真理だもんね。

ダメだと分かっていても酒に、女に、ギャンブルに手を出す……誰だって多かれ少なかれ思い当たる節はあるだろうに、今の社会は「やめられなかった」人間に厳しすぎる。どうかと思うよ。皆が他人に厳しい目を向け過ぎるから巡り巡って自分も生きづらくなる事を自覚すべきだ。

まあ、僕は酒もギャンブルもやらないし、女も……当然彼女一筋だからそれに関しては分かっちゃいるけどやめられないとは無縁だけども、他の事では当てはまるし、誰だってそうだろう。そういう事を考えさせられるスーダラ節は深いし、本当にいい曲だ。時代を超えて歌い継がれるのも納得である。植木等は名古屋人の誇りみたいなとこあるから、余計思い入れは深い。僕は名古屋弁って好きじゃないけど、植木等の名古屋弁は好きだった。


それはともかく、今日はそんな事を考えながらホワイトデーを彼女と楽しんだ。彼女にも楽しんでもらえて「パーペキ(死語)」のお墨付きを貰えたから嬉しいっていうか一安心だよ。僕だけが楽しんだって意味ないからね。

この調子で来月に控える「あの日」や「あの日」も大成功を収めたい。さすがにもう、カラオケには行かないけど(笑)。

雑談コーナー【テーマ:アイヌ問題】


テレビである芸人がアイヌ民族を無自覚に茶化したギャグをかまして問題になったらしい。最近このコーナーで差別について度々取りあげていてタイムリーだと感じたからあえて言及するけど……これは色々難しい問題だと思う。

いつもの僕なら「こんなもん気にする方がおかしい」と言いそうだけど、さすがにそれは思わない。歴史的な背景を踏まえると一番言われて傷つくデリケートな部分をピンポイントで突かれたのだろうし、「気にするな」とか「悪く捉える方がおかしい」とはいくらなんでも言えない。

そもそも僕はかねがね「マイノリティ」ではなく「マイノリティを盾に調子づく輩」を猛烈に嫌っているだけなので、そこは誤解しないでもらいたい。

それはさておき、こういう問題が起きてしまったのは逆に日本人の中にアイヌに対する差別意識がない事の表れではある。実際、僕もアイヌが北海道でそんな風に揶揄されていたなんて知らなかったし、僕に限らず今回の件で初めて知ったという人も多い、というかそういう人がほとんどだろう。

ちなみに僕の中でアイヌのイメージはほぼナコルルに集約されている。そこに神秘的な魅力を感じても、差別意識など持とうはずがない。

だけど、今回大きく取りあげられた事で改めて差別の「芽」が日本人の心に植えつけられてしまった。もちろん、そういう歴史があるからといっておかしな目で見始めるような人はほとんどいないだろうけど、当事者であるアイヌの人たちは実際のところどう思っているのかな?

彼等は何の悪気もなく言葉遊びのネタにされるぐらい「アイヌと他の日本人の差」が存在しない社会より、「アイヌは我々とは違う民族である」事をはっきり認識された上で対等に扱われる社会の方がいいのだろうか? 個人個人の考え方にもよると思うけど、難しい問題だよ。

それから、この件に関して芸人を責めるのはいくらなんでも可哀想だ。差別云々と関係なく配慮がないなんて声もあるけど、芸人にそこまでのモラルを求めてもね。収録放送だから編集で切れば未然に防げた問題だけど、だからってスタッフの無知を問うのも酷かなあと思う。

いずれにせよ、こういう問題は「差別意識を持っている方が逆に防げる」というのも皮肉な話ではあるし、反省すべき点は反省して今後に生かせばそれでいいんじゃないだろうか。

ただ当該芸人に対して一言付け加えるならば、単純にネタとして面白くないのはどうかと思う。かつてこの芸人にピン芸人ランキングで負けた狩野英孝が可哀想だ(笑)。


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